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世界に衝撃を与えた写真たち [19枚]

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世界中の人々に衝撃を与えた写真19枚をご紹介

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1984年、ブルース・マッカンドレス飛行士はMMU(移動噴射ユニット)を装備し、命綱なしの初の宇宙遊泳を行なった。


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平坦に積もり続けた雪が、どこまでも続く南極大陸の景色を形作っている。岩盤はこの雪面の3km以上も下にあるとされている。


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ドイツとソ連の間で繰り広げられたベルリン攻防戦。勝利したソ連の兵士がドイツ国会議事堂の屋根に赤旗を掲げ、ベルリン陥落の象徴となった。議事堂内には、ソ連兵が残した落書きが今も残されている。


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長官ハインリヒ・ヒムラーを鉄線越しに睨む戦争捕虜。Horace Greasleyという名前の彼は、恋仲であるドイツ人女性と密会するために、何度となく捕虜キャンプを抜け出していた。


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切断された五歳の娘の手首を見つめる男性。
:ベルギー王レオポルド二世は中央アフリカのコンゴの植民地化を進め、ついにはコンゴを個人的な私有地として国際、またベルギー議会に認めさせた。彼の私領コンゴ自由国(後のコンゴ民主共和国)には豊富な資源があり、その一つが天然ゴムであった。彼は先住民たちにゴムを採集させ、それを売りさばいていたが、採集量が落ちるとその労働者、またはその人質である妻や子供の腕を切り落とすことで罰とした。
ゴム採集の管理者である軍は、白人の下に未開部族から集められた黒人兵士を置くことで組織され、兵士たちは管理任務を果たしている証拠としてノルマに達しない住民たちの腕を次々と切り落としていった。ついには切り落とした腕の数が給与に反映されるようになり、住民の方はそれから逃れるために他人を殺して腕を集めてくるというような状態にまでなった。
「手はそれ自体で価値を帯び、一種の通貨になった」とピーター・フォーバスの書籍「コンゴ河」で語られている。20世紀初頭コンゴ自由国産のゴムは世界総生産の10パーセントにまで達した。



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自軍の戦車を通過させるために、塹壕の中で体を丸めるソ連軍兵士


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ホロコーストから逃れた少女が描いた絵。「家」を描いて欲しいと頼まれていた。


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エジプトでのデモ中、祈りを続けるムスリムをキリスト教徒が手を繋いで鎖を作ることで保護している。


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ジョン・F・ケネディが暗殺され、ダラスからワシントンに戻る副大統領専用機の機内で当時の副大統領であったリンドン・ジョンソンがただちに宣誓を行ない、大統領として職に就いた。副大統領が突発的な事故により昇格するのは、1901年のマッキンリー大統領暗殺事件以来のこと。


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KKK(白人至上主義団体)の白装束と三角白頭巾まとう子供


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2005年、無人火星探査車が撮った火星の夕暮れ


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旧ソ連の退役軍人男性が、かつて自分が搭乗し、今は記念碑となった戦車の前で膝をついている。二次大戦、独ソ戦でのソ連兵戦死者は1000万人以上と言われる。


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ベネズエラ、狙撃兵に撃たれた兵士を抱きとめる従軍牧師Luis Padillo


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台湾の病院の待合室で撮られた写真。男性が母親抱きかかえ、食べ物を口元まで運んでいる。


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直立する南スーザンの人民解放軍兵士。スーザンから南スーザンが独立する前日の写真


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中国、電車を待っていた男性が急死し、祈る僧侶と遠巻きに見つめる人々。


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赤軍兵士に連行されるドイツ軍兵士。
:スターリングラードでドイツ第6軍はソ連軍により包囲されたが、ヒトラーは第六軍司令官パウルス上級大将を元帥へと昇格させ、降伏を認めなかった(それまで降伏したドイツ軍元帥はいなかったという史実で彼にプレッシャーをかけた)。玉砕を求められた将兵たちの士気は下がり、結局パウルス元帥と幕僚による司令部降伏を皮切りに、各部隊は自主的に降伏するという結果になった。ドイツでは全員が戦死したとのラジオ放送がなされたが、パウルス元帥と将軍24名以下9万6000人が降伏した。しかしながら捕虜の運命は過酷であり、生きて戦後祖国に戻れたのは6000人あまりと言われている。



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焼身自殺を図ったチュニジアの青年。
:政権に不満を抱いていた失業中の青年が抗議の焼身自殺を図り、ベンアリ元大統領が彼の病室を慰問したが、医師たちは腕を組んで彼を睨んでいる。職を求める若者たちを中心にデモは広がり2011年の1月にベンアリ大統領は国外に脱出した。



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天安門事件で戦車の行く手を遮る男。事件から二十年以上が経ったが、未だに彼が何者なのかは分かっておらず、無名の反逆者、戦車男などと呼ばれている。タイム誌は「20世紀最も影響力のあった人物100人」に彼を選んでいる。



どれも有名なものばかり。
何か新しい写真を、と探していた方には退屈かもしれません。

個人的にはコンゴ自由国の写真が衝撃的でした。
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